平成22年8月27日(金)晴れ時々曇り
今日は午前の外来のあと手術となった。
腹腔鏡下胆嚢摘出術、いわゆるラパコレである。
腹部に4箇所(5mmを2つ、12mmを2つ)穴を開け、炭酸ガスをお腹のなかに送りこむ。(最新の技術・器機として、1つの穴だけで行う方法が開発されているが、当院では採用していない。)
叩くとポンポン鳴る位にお腹が張るとその中の視野が確保される。
臍の近くの穴から内視鏡を挿入すれば胆嚢を観察できる。
内視鏡画像はテレビモニターに映し出され、全てのスタッフがモニターを凝視しながら手術が進んでいく。
他の穴から写真のような操作鉗子を挿入し、これで胆嚢を剥離して切除するのである。

このラパコレは、僕が医者になってすぐに日本国内で実施されるようになった。
胆嚢摘出と言えば開腹手術だった頃からラパコレに移行する時期に、ちょうど胆嚢摘出術を初めてマスターしたので、同時に両方の手技の習得にチャレンジした記憶がある。25か26歳のころである。
基本手技として若い先生に上手になってもらう必要があるので、最近は僕がラパコレを執刀することは少なくなった。
1年に1回か2回と思う。
担当患者さんの兼ね合いで、本日は執刀させてもらった。
ドキドキはしないけど、少しは新鮮な気持ちになるものだ。
新しい発見はないが、モニターを睨んで鉗子を操作しながら、昔のことばかり思い出される。(やっぱり、年を取ったんじゃあ)
特徴的な局面にあっては、“あのころはちょっと違った風にしよったよな”とか考える。
また、オペ室のおばちゃん看護婦さんに故障した鉗子を譲ってもらい、毎日毎日官舎でいろんなものを摘んで練習したなあ。
そうそう、このマジックハンドみたいなヤツで、飯を食ったこともあるな。
あと、指に力が入りすぎて、手術が終わると、鉗子のあたる箇所にマメにようなものができていた。正気に返るとものすごく痛かったが、オペ中はどうも感じなかった。
はい、無事終了。
早速、麻酔覚醒に移る。
「Sさん、目を開けて下さい。手術終わりましたよ。」
気管チューブ抜去。自発呼吸十分。発声は可能。
「オシッコ、オシッコ、オシッコ出そうでいけん。」
「膀胱に管が入って、しっかり出てますよ。心配要りませんよ。」
ここで、もうひとつ、思い出した。
僕がラパコレをマスターして2年くらいたった時である。
今度は患者になったのだ。
過労とタバコで左の肺に穴が開いた(いわゆる自然気胸)。
24時間咳き込みながら1週間勤務したのちに診断を受け入院。
胸腔ドレナージでは穴が閉じず、結局、手術を受ける羽目に。
胸腔鏡下肺嚢胞切除術で覚醒後はICUへ入室した。
それは、真夜中のICU。
本格的に覚醒してきたのはいいが、オシッコに行きたい。とにかく、とにかく漏れそうなのだ。
たまらず、ナースコール。
「スガワラさん。大丈夫ですよ。管が入ってて、今はしっかり出てますよお。」
(わかっとるわい、そんなの。ワシは医者やぞ。なめとんか。)紳士だからICUで大声を出す訳にいかない。
とにかく出そう、漏れそう、出たい、シッコに行きたい。腰を浮かそうが、膝を立てようが、全く尿意が消えない。胸の創は小さいけど、確かにかなり痛い。でも、その痛みが全く消えるくらいに尿が出そうで辛いのだ。
生まれてこんなに苦しい思いをしたことはない。
どうしてこんなにシッコに行きたいのか。さっぱり分からん。でも、行きたい。
1時間我慢して、再度、ナースコール。
「だから、しっかり出てますよ。心配しなくてもいいですよ、大丈夫です。我慢できるでしょ。」
(そんなに冷たく突き放すなよ。管が詰まってないのはわかっとる、わかっとるよ。でもシッコ行きたいんじゃい。)
でも、看護師が言うことは全く正しく、こちらの感覚を正当化する理由も思いつかない。
ICUという特殊空間で、患者が看護師に議論を吹っかけるのも恥ずかしい。やはり断念して、我慢を続行した。
我慢しすぎて、そのまま数時間意識がなくなった。
一般病室に移動し、その昼には膀胱カテーテルを抜去してもらい、やっとトイレへ。
通常のオシッコが済んだあとに、息子の先端から空気混じりの液体が、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ。
一分間くらい続いたと思う。とにかく終わらなくて不安になった記憶がある。
きっと、膀胱は、中に尿とその上に空気が溜まって蛙のお腹の如くパンパンとなり、反応性に収縮し続けていたのだろう。
カテーテル先端は液体のなかにあり、尿がある程度溜まると間断なく外に出るが、液面のうえの空気は移動せずにいたため、膀胱が常に緊満した状態だったのだ。
空気の成因は判然とはしないが、膀胱カテーテルに連結されたバッグをベッド上から床面に落とした際に、バッグ内の空気が膀胱に侵入した可能性が高い。

“果てしなき尿意”の恐怖を知る人間は多くあるまい。
30年後の僕の頭にある、鏡視下手術にまつわる思い出は、
この“息子からオナラが出た一件”だけのような気がする。
でも、ほんとーに辛いので、看護婦さん達、絶対に憶えといてね。