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痒いところに手が届く

平成22年9月8日(水)曇りのち晴れ

昨日の手術と当直のため首と肩と腰が脹って痛く、調子が悪いながら進めた午後の褥瘡回診。
そのひとコマである。

しゃがむ・立ち上がるは少しきつく、僕としてはやっとの思いで最後の患者さんへ…。
70歳代のKさん。
瀕死の多発外傷の治療の間に、残念無念ながら、後頭部に2cmほどの浅い褥瘡が出来てしまった。

いつものように、創部を観察、大きさや深さを記録し、さらにデジカメに収める。
問題の箇所は、仰向けでは見えないので、床上のからだ全部を90度ほど左に向けて頂いた。

よーし。今週もさらに縮小している。いい調子だ。
「Kさん、頭の傷は順調に小さくなっていますよ。安心してください。」
「ありがとうございます。」

もともと、非常にお元気であったが、今回の外傷で小脳をはじめ数ヶ所の脳損傷を伴っているため、思いのほかリハビリが進まない。
四肢を動かすことはできるが、筋力が不十分でひとりでの寝返りが難しい。
但し、最近は言葉が明瞭となり、回復の兆しを感じこそすれ、まだまだ予断を許さない。
それなので、なるべく希望を持って頂けるよう、励まし、そしてポジティブな内容の声掛けをする。

僕と患者さんの間、ベッドの右隅に、孫の手が転がっていた。
ピンと来た僕は、それを手にとり、背中を掻いてあげた。
「とにかく痒うて痒うて、やれんのんよ。先生。ほんまに痒いんじゃけえ。」
「ほんまねえ、自由にお風呂も入れんし、痒くもなるわなあ。」

両側の肩甲骨の内側の縁あたりを念入りにゴシゴシ、ゴシゴシ。

「先生、そこそこ。そこが一番痒いんのよお。先生、なんで分かるん?」
「手が届かんところが痒いけんこれ使うんじゃろ。この辺りが一番届きにくそうじゃもんね。」

ついでに、お尻や太腿の裏もゴシゴシ、ゴシゴシ。

「はあ、すごく気持ちよかったあ。ほんま、先生、ありがとね。」
「どう致しまして。よかった、よかった。」

「先生、ナイスな信頼関係ですね。さすがっ。」と、看護師のH君。

おいおい、違うでしょ。H君!!
直接手を差し伸べ、患者さんの苦痛を取り除く。
これってケアの本質じゃろ。それこそ、“思いやりの看護”というもんじゃろう。
ワシが感謝されるの見て喜びよるのは、少し情けなくない?
ドクターの仕事は、むしろ痒みの原因を取り除くことじゃ。
第一に皮膚乾燥の予防と保湿。そのために、栄養内の水分の増量と脂肪乳剤投与の徹底。第二に外用剤、そして第三に抗ヒスタミン剤の内服。
ゴシゴシしながらも、ワシは考えとったんよ。
いくら忙しくても、お互い基本中の基本は忘れちゃいけんよ。

って、恐くて言えんけどね。
痒いところは喜ばれても、痛いところをつくと嫌われる。

102歳の高脂血症

平成22年9月2日(木)晴天

木曜日は、保健福祉総合施設のNST回診の日である。
9時17分に病院を発ち、9時30分から回診を始めた。

介護老人保健施設の一般棟で2名、認知症棟で2名の症例検討を済ませ、特別養護老人ホームへ。
本日の検討にあがった102歳の女性。
100歳過ぎまで立派に食事を摂取しておられたのだが、年齢相応の衰弱などで量が減ったかと思うと、
みるみる食べることができなくなってしまった。
それでも、結局、ご家族との相談の末、胃瘻が造設された。およそ半年前のことである。

ところが、経管栄養になってというもの、体重が増加して、一年前に比べ9kg増加したのだ。
先月の血液検査の結果をみると、軽い貧血はあるがアルブミン値はほぼ正常である。
そして、中性脂肪(トリグリセリド:TG)は220mg/dl(正常値50〜149mg/dl)。立派な高脂血症である。

ご存知のとおり、食事として摂る脂肪の大部分は中性脂肪である。
中性脂肪は体内でエネルギー源として利用され、余分なものは肝臓や脂肪組織で蓄えられる。
肝臓に貯まると脂肪肝となる。
血液の中性脂肪の高値は、悪玉コレステロールを増やして動脈硬化を促進する危険因子とされる。
また、1000mg/dl以上の超高値は、急性膵炎を発症させる。

102歳の人の体内に、エネルギーが余っている。す、すごいことだ。
もし、口から食べ続けていれば、おそらく、こうはならなかったろう。
摂取量はわずかだったので、中性脂肪はむしろ正常の低い方だったろうと思う。
経腸栄養の“底ぢから”恐るべしといったところだが、いったい、この異常値を放っていいのだろうか。
この年になって、少々脂肪が多いくらいで動脈硬化が進むのだろうか。
むしろ、血管の内面が“油”でツルツルして、枯れ木の如くやせ細った血管の中でも、血液がスイスイ流れる気がするな。
そもそも100歳オーバーを何百人と集めて臨床研究することは無理だし、102歳の中性脂肪がいくらで最も長生きできるかなんて神様でも分かるまい。

今日は、“特に”そんなことどうでもいい気がした。

どうしてか。
それは、この間の職員健診での僕の血液検査。
中性脂肪は、なあんと、220mg/dlだったのだ。
なんか、うれしいね。仲間が102歳だって。

だから、今日は彼女の経管栄養のメニューを変更しませんでした。

半年後、また、お揃いの値だったらええなあ。

仲間のためなら、動脈硬化も恐くないぞ、僕は。

気の付く人

平成22年9月1日(水)晴れ時々曇り

医療に携わる者は、機械やコンピューターの相手をすることでなく、人に対するサービスを求められています。
『何をそんな当たり前な』と言われるのも無理ないことですが、実際、今日一日のあなたの労働を振り返ってみて下さい。
コンピューターのお守りをする時間がなんと長いことでしょう。
なかでもベテランの方は、10年前(ひと昔まえ)と比較しますと飛躍的に増えたと感じるでしょう。
医療情報の電子化の流れは、時代の流れ同様、無力の一医療人としてはどうしようもないって感じです。
好ましくはないですよね。
例えば、時間の限られた外来診療なんかは、ほとんど患者さんの方を見ずに画面に向いて作業する訳ですから……。
あと、機械と言えば、院内ピッチは必要悪ですよ。確かに便利だけど、患者さんとの会話を途中で遮るんですよ。失礼ですよね。

サービス業に話を戻します。
どんな人が適性があるかというと、第一に、いわゆる“気の付く人”が挙がりますよね。
対人的感性といったもの、そして観察眼、察知力に優れた人間ということになるでしょうか。
思いやりがある、親切あるいは優しいとかをイメージする方もいるでしょう。

看護師さんを例に、考えてみましょう。
患者さんの情報、例えば、顔色、表情、体の動き、言葉遣いあるいは臭いなどを把握する力は、無論必要です。
できれば、とても少ない情報と短い時間で、“安全”や“危険”といった総合評価に到達する。
特に、“ヤバイ”を直感し、即座に解決行動に繋げる能力は、事故の予知と同様、非常に大切ですよね。
ほんと“すごく気の付く人”って、絶対に必要ですし、やはり世間一般より多いですよ。この職場には。

但し、あらゆる職場と同様、必ず、“気の付く人”と“気の付かない人”がいるんですよね。
面白いのは、“気の付く人”は、相手も“気の付く人”と“気付き易い”訳ですから、お互い同志を磁石のように引き寄せあうんですよ。突然の危機的状況では、この引力が大事なことがあります。
一方で、“気の付かない人”は、蚊帳の外と言うわけではないんですが、これらの2タイプの人たちが、ひとつの環境で従事すると、結果的に“気の付く人”のほうがストレスに“気付き易い”んです。
休憩室では皆がワイワイしゃべりあって、結構、発散されてるんですけど。
といっても、“気の付く人”ばかりが競いあう組織はギスギスして持たないでしょうね。
やっぱり、調和とか協力は大切です。

ところで、さっきのように社会の機械化そして情報化が進むと、その環境下で育つ人間の対人的能力(コミュニケーション能力など)は、どうしても低下します。
それは対人的感性に関連するから、“気の付く人”の数は減ってくる訳ですよ。そして、おなじ“気の付く”といわれる例でも、個々の“気の付く”能力は下がるんです。
昔に比べ、職場の飲み会が減った、参加が悪くなった、あるいは親睦の場の盛り上がりが無くなったとかは、このことを一面で表しているわけです。

でもね、“気の付かない”看護師だらけの病院ってのは、成り立たんですよね。それこそ、苦情の山ですよ。アラームやモニターといった“機械”がいくらあっても足りない。
やはり“気の付く人”を増やす努力は要るんですよ。こんな職場では。忙しいのに大変ですけど。
だから、朝のミーティングって、大事だと思うんです。
お互いの“気の付く”能力を高めるために活用してもらいたいですよね。
例えば、お互いの顔をジーっと見て、体調とか精神状態を言い当てる。化粧のノリとかを褒めあう。言葉遣いや身嗜みを注意しあうとか。心拍数・血圧当てゲーム(顔と表情だけで相手の数値を予測する)とか。馬鹿をと仰るかも知れないけど、結構効果あると思うんですよ。
そこまででなくとも、“体調悪い人”って手を挙げてもらい、みんな、1日その人の体調を気遣いながら仕事をするなんてのもいいんじゃないんでしょうか。

まあ、肝心の職場の責任者に限っては、“すごく気の付く人”じゃないと、うまくいかんでしょうねえ。

N病棟の師長なんて、こうですよ。
朝、皆が申し送りをしているのをよそに、ナースステーションのテーブルに顔を寄せて、ひとりでなにかしてるんですよ。
消しゴムで、ゴシゴシ、ゴシゴシ。それこそ一心不乱、白テーブルの細かい汚れを、隅から隅まで消してるんです。
テーブルが揺れるんで、看護師さんは、メモの字がまともに書けない。

「あのお、師長さん、テーブルが揺れて……」
「あ、失礼。」

これだと思うんです。“すごく気が付い”ても、“気が付き過ぎ”てはダメなんでしょうね。

やっぱり、こんなこと堂々と書いてるあんたが一番そうでしょって言いますかね……。

地域医療って、なに?

平成22年8月30日(月)晴れ

月末ということもあり、今月を締めくくる行事がポツポツある。
18時から医師臨床研修委員会が、第2会議室で開かれた。
これは、協力型(他の病院から地域医療研修で来られる医師)と管理型(当院を基盤に研修する医師)の両方の研修医の所定プラグラムの総括のための反省会である。

僕は、臨床研修のプログラム責任者なので会議の進行役である。
今回は協力型(1ヵ月コース)1名Bさん、管理型(3カ月コース)1名W君が地域医療のプログラムを明日で修了するので、研修医計2名が参加した。
さらに、沖田先生、副看護師長、回復期、緩和ケア並び療養病棟の各師長に加え、保健福祉センター、訪問看護ステーション、保健福祉総合施設から各1名の代表者が出席した。これらは、彼ら研修医がお世話になった部署である。

各部署からの研修状況の報告があった。異口同音に、お2人の先生方はいずれも真面目でよく研修されたとのこと。フムフム……。本人の目前で態度が悪かったと言えんしな、普通。

続いて、研修医の先生の感想。流石に、各部署の悪口は出ない。しかし、2人の言葉の端々から、プログラム構成自体への疑問がうかがわれたのだ。

1)様々な部署・部門(病院、保健部門、施設介護、在宅ケア)を“見学”したが、“地域医療”における医師の役割を“研修”したとは言い難い。
2)部署によっては研修医が時間を持て余す場面が多々あり、間延びした印象が拭えない。
3)もう少し在宅医療を腰を据えて研修したい。
彼らの意見をまとめると、このようなものになる。
特に短期(たった1ヵ月)で研修される方は、1)の意見をもつことが多いようである。

これには、“地域医療”という言葉に対する理解が影響すると思われる。
すなわち、医学生とか研修医レベルにとって、“僻地医療”あるいは“僻地の診療所での医療”の意味である。
対して、大学病院の教授には、中小病院で実践される医療行為のことを指すと本気で思っている方が多い。あるいは特定機能病院の後方支援を果たす医療(介護への引継ぎを含む)と捉える向きもある。

しかし、現在、一般的に(百科事典的に)正しいとされる解釈は、次のようなものだ。
地域住民全体の幸福を常に考えながら実践される医療活動。すなわち、治療は勿論、疾病予防と健康増進、リハビリテーション、在宅療養サポート、介護・福祉サービスを実践する。こうした活動は、医療機関単独でなく、地域の行政や住民組織と協力して進める。
最も効率的にこれを達成するための基盤が、当院をルーツとする地域包括ケアシステムということになる。
こう考えると、地域医療は、すなわち“地域包括ケアシステムのもと実践される医療”と捉えることができよう。

研修する側に、『田舎の医療機関が包括的役割を担う目的は何か』理解しようとする意志・意欲がなければ、まずもって当院を選択する意味はない。『機能が集約された病院じゃな』くらいの認識ではダメなんだなあ。

ところで、将来の話をすると、高齢者中心のコミュニティが、都市において乱立する。
40-50年前に造成された団地やニュータウンでは、既に、そのような地域社会を形成している。そこでは、もちろん集約型医療・ケア施設なんて当初の計画にあるはずはなく、さらに居宅が既に飽和して施設用地は確保不能。そのため、区域周辺の公私の施設が複雑に役割分担する現状だが、住民・利用者を中心に据えたサービス提供体制となりにくい。
今後は、都市部においても中学校区単位に“みつぎ”のような集約型施設・機能を整備するのが理想だが、困難であろう。まさに、それが都会に求められる“地域医療”であるが……。

皆さん、これを機会に、“地域医療”とは何なのか改めてあなたの心に問うてもらいたい。
そして、それを自分の言葉で人に説明する術を持って頂きたい。地域医療を担う者として…。
それこそ、“地域医療”を良くするための確かで大切な一歩と思う。

「医療はすべからく地域医療であるべきで、地域を抜きにした医療はありえない。あえて地域医療というのはいかに地域がないがしろにされているかということの裏返し」と長野県佐久総合病院の若月俊一先生は述べておられる。

国民健康保険診療施設協議会のため、御調から東京永田町に出向いて年に何度か会議に参加する。
自民党と民主党の本部のすぐそば、殺伐としたビル群の一角にある小部屋で、地域医療を議論していると、いつもこの金言を思い出す。

鏡視下手術の思い出

平成22年8月27日(金)晴れ時々曇り

今日は午前の外来のあと手術となった。
腹腔鏡下胆嚢摘出術、いわゆるラパコレである。
腹部に4箇所(5mmを2つ、12mmを2つ)穴を開け、炭酸ガスをお腹のなかに送りこむ。(最新の技術・器機として、1つの穴だけで行う方法が開発されているが、当院では採用していない。)
叩くとポンポン鳴る位にお腹が張るとその中の視野が確保される。
臍の近くの穴から内視鏡を挿入すれば胆嚢を観察できる。
内視鏡画像はテレビモニターに映し出され、全てのスタッフがモニターを凝視しながら手術が進んでいく。
他の穴から写真のような操作鉗子を挿入し、これで胆嚢を剥離して切除するのである。

鉗子.jpg

このラパコレは、僕が医者になってすぐに日本国内で実施されるようになった。
胆嚢摘出と言えば開腹手術だった頃からラパコレに移行する時期に、ちょうど胆嚢摘出術を初めてマスターしたので、同時に両方の手技の習得にチャレンジした記憶がある。25か26歳のころである。

基本手技として若い先生に上手になってもらう必要があるので、最近は僕がラパコレを執刀することは少なくなった。
1年に1回か2回と思う。

担当患者さんの兼ね合いで、本日は執刀させてもらった。
ドキドキはしないけど、少しは新鮮な気持ちになるものだ。
新しい発見はないが、モニターを睨んで鉗子を操作しながら、昔のことばかり思い出される。(やっぱり、年を取ったんじゃあ)
特徴的な局面にあっては、“あのころはちょっと違った風にしよったよな”とか考える。

また、オペ室のおばちゃん看護婦さんに故障した鉗子を譲ってもらい、毎日毎日官舎でいろんなものを摘んで練習したなあ。
そうそう、このマジックハンドみたいなヤツで、飯を食ったこともあるな。
あと、指に力が入りすぎて、手術が終わると、鉗子のあたる箇所にマメにようなものができていた。正気に返るとものすごく痛かったが、オペ中はどうも感じなかった。

はい、無事終了。
早速、麻酔覚醒に移る。
「Sさん、目を開けて下さい。手術終わりましたよ。」
気管チューブ抜去。自発呼吸十分。発声は可能。
「オシッコ、オシッコ、オシッコ出そうでいけん。」
「膀胱に管が入って、しっかり出てますよ。心配要りませんよ。」

ここで、もうひとつ、思い出した。
僕がラパコレをマスターして2年くらいたった時である。
今度は患者になったのだ。

過労とタバコで左の肺に穴が開いた(いわゆる自然気胸)。
24時間咳き込みながら1週間勤務したのちに診断を受け入院。
胸腔ドレナージでは穴が閉じず、結局、手術を受ける羽目に。
胸腔鏡下肺嚢胞切除術で覚醒後はICUへ入室した。

それは、真夜中のICU。
本格的に覚醒してきたのはいいが、オシッコに行きたい。とにかく、とにかく漏れそうなのだ。
たまらず、ナースコール。
「スガワラさん。大丈夫ですよ。管が入ってて、今はしっかり出てますよお。」
(わかっとるわい、そんなの。ワシは医者やぞ。なめとんか。)紳士だからICUで大声を出す訳にいかない。
とにかく出そう、漏れそう、出たい、シッコに行きたい。腰を浮かそうが、膝を立てようが、全く尿意が消えない。胸の創は小さいけど、確かにかなり痛い。でも、その痛みが全く消えるくらいに尿が出そうで辛いのだ。
生まれてこんなに苦しい思いをしたことはない。
どうしてこんなにシッコに行きたいのか。さっぱり分からん。でも、行きたい。
1時間我慢して、再度、ナースコール。
「だから、しっかり出てますよ。心配しなくてもいいですよ、大丈夫です。我慢できるでしょ。」
(そんなに冷たく突き放すなよ。管が詰まってないのはわかっとる、わかっとるよ。でもシッコ行きたいんじゃい。)
でも、看護師が言うことは全く正しく、こちらの感覚を正当化する理由も思いつかない。
ICUという特殊空間で、患者が看護師に議論を吹っかけるのも恥ずかしい。やはり断念して、我慢を続行した。
我慢しすぎて、そのまま数時間意識がなくなった。
一般病室に移動し、その昼には膀胱カテーテルを抜去してもらい、やっとトイレへ。

通常のオシッコが済んだあとに、息子の先端から空気混じりの液体が、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ。
一分間くらい続いたと思う。とにかく終わらなくて不安になった記憶がある。

きっと、膀胱は、中に尿とその上に空気が溜まって蛙のお腹の如くパンパンとなり、反応性に収縮し続けていたのだろう。
カテーテル先端は液体のなかにあり、尿がある程度溜まると間断なく外に出るが、液面のうえの空気は移動せずにいたため、膀胱が常に緊満した状態だったのだ。
空気の成因は判然とはしないが、膀胱カテーテルに連結されたバッグをベッド上から床面に落とした際に、バッグ内の空気が膀胱に侵入した可能性が高い。

尿意のメカニズムのコピー
“果てしなき尿意”の恐怖を知る人間は多くあるまい。

30年後の僕の頭にある、鏡視下手術にまつわる思い出は、
この“息子からオナラが出た一件”だけのような気がする。

でも、ほんとーに辛いので、看護婦さん達、絶対に憶えといてね。


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菅原由至

Author:菅原由至

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